PR本記事はプロモーションを含みます
旅行
信楽・甲賀1泊2日モデルコース|MIHOの開館直後に入るために泊まる
公開: 2026-10-24 | #信楽 #甲賀 #1泊2日 #観光 #関西
信楽に泊まる理由は、MIHO MUSEUMの朝いちばんです。
信楽駅発のMIHO行き路線バスは、令和6年(2024年)3月末で廃止されました。 公共交通で行く道はJR石山駅発の帝産バスで約50分、しかもこれは美術館の開館日のみの運行です。
入館の締め切りは16時です。 レセプション棟から美術館棟までは約500m・徒歩7〜8分で、北展示室と南展示室の観覧目安は各30分〜1時間半あります。 京阪神から日帰りで入ると到着が昼過ぎになり、混雑時には往復の無料電気自動車が運行休止することもあります。
信楽に泊まれば信楽ICから約15分です。開館直後の空いた館と、人の切れたアプローチが手に入ります。
日程を決める条件
- MIHO MUSEUMは会期制です。休館日は春季・夏季・秋季の各開館期間中の月曜日(祝日の場合は各翌平日)で、 展示替えのため会期と会期のあいだに休館期間があります。2026年秋の会期は9月26日から12月6日までです
- 台風等の接近で暴風警報・特別警報が出ると、開館日でも臨時休館になります。 午前の時点で甲賀市に発令中かどうかで、終日休館になるか午後から開館になるかが決まります。 判定の時刻は公式に明記されているので、荒天の日は出る前に確認してください。 午前のうちに新たに発令された場合は直ちに休館し、関連イベントも全て中止です
- レセプション棟と美術館棟を結ぶ10人乗りの無料電気自動車は、混雑時に安全を考えて運行休止する場合があります。 そのときは約500mのアプローチロードを歩きます
- ガイドツアーは事前予約制です。団体申込書の備考欄に記入して申し込む形になります
- 甲賀流忍術屋敷は水曜日と第4木曜日、年末年始、冬期が休館です。この屋敷を1日目に入れるので、水曜をまたぐ日程は組み替えが必要です
- 土山家住宅(土山宿本陣跡)の離れ(玉座)の内部は、従来から予約制の公開です。伝来の古文書や調度品の展示も行われます
- 滋賀県立陶芸の森は月曜休園(祝日ならその翌日)と年末年始です。陶芸館だけは展示替え期間と冬季が休館になります
- 2月17・18・19日は田村神社の厄除大祭です。参道に約200店の屋台が出て例年約20万人が訪れるので国道1号が混みます。 7月25〜27日の万灯祭では境内が約9,000灯の提灯で飾られます
- 畑のしだれ桜は樹齢400年のエドヒガンで、咲くのは春の数日だけです
会期と休館日は変わります。2日目の朝を美術館に充てる組み方なので、会期は最初に確かめてください。
1日目
- 11:00
甲賀土山ICで降りる移動
新名神は平成19年度の開通で、市内に甲賀土山IC・甲南IC・信楽ICの3つがあります。大阪・名古屋から100km圏内です。
- 11:30
田村神社に着く移動
甲賀土山ICから国道1号で約5分です。弘仁3年(812年)に土山へ祀られ、弘仁13年(822年)に現在地へ遷されたと伝わります。
- 12:20
海道橋で田村川を渡る
かつて東海道は境内を通り、田村川に板橋が架かっていました。昭和初期に台風で流され、平成17年7月に再建されました。
- 13:30
土山宿の本陣跡を見る移動
土山家は寛永11年(1634年)に本陣職を拝命しました。主屋・離れ・土蔵・米蔵の4棟が国の登録有形文化財です。
- 15:00
甲賀流忍術屋敷へ移動
新名神の甲南ICから約3分です。元禄年間(1688〜1704年)の望月氏本家旧邸で、落とし穴の深さはおよそ3mです。
- 16:40
窯元散策路を歩く移動
甲南ICから信楽ICへ移ります。信楽駅前から続く古い路で、登り窯と古い火鉢が残っています。
- 18:00
信楽の宿に入る
翌朝のMIHO MUSEUMは信楽ICから約15分です。宿の位置で朝に動き出せる時刻が変わります。
2日目
- 08:40
信楽の宿を出る移動
美術館の駐車場は普通車300台・大型バス20台です。信楽ICから約15分の位置にあります。
- 09:20
MIHO MUSEUMのレセプション棟に着く移動
会期制の美術館です。開館期間中の月曜は休館で、暴風警報が出ると開館日でも臨時休館になります。
- 09:40
しだれ桜の並木道を歩く移動
美術館棟までは約500m・徒歩7〜8分です。10人乗りの無料電気自動車もありますが、混雑時は運行休止する場合があります。
- 10:10
美術館棟に入る
1997年開館、設計はI.M.ペイです。建物は全体の約80%が地中に埋設され、建築面積は9241平方メートルです。
- 11:00
北展示室と南展示室を回る
観覧の目安は各30分〜1時間半です。入館の締め切りは16時なので、午前に入ると追われません。
- 13:40
滋賀県立陶芸の森へ移動
平成2年(1990年)6月の開設で4エリアあります。星の広場は標高300mです。月曜休園です。
- 15:40
信楽ICから帰る移動
2日目は西へ抜ける形です。草津田上ICまで約20分、京滋バイパスの瀬田東ICまで約30分です。
- 時刻は目安です。列車やバスのダイヤは改正で変わるため、出発前に各社の時刻表でお確かめください。
1日目を東に、2日目を西に振る
順番には理由があります。
甲賀市は東西約43.8km・南北約26.8kmで、面積481.62km²は滋賀県土の約12%です(甲賀市公式)。 この広さの東端に土山があり、西端にMIHO MUSEUMのある信楽町田代があります。
だから1日目を東、2日目を西に振ります。
逆にすると、美術館を出てから市内を東へ横断して戻ることになります。 2日目は西へ抜けてそのまま京阪神へ帰る形が短くなります。
1日目の東側は車の話です。 新名神高速道路は平成19年度に開通し、市内に甲賀土山IC・甲南IC・信楽ICの3つが設置されています。 甲賀土山ICから田村神社までは国道1号で約5分、甲南ICから忍術屋敷までは約3分です。
つまり1日目は、インターと国道1号に沿って東から西へ降りてくる1本の線になります。
入館の締め切りが、2日目の朝を決める
美術館の側から時間を数えます。
観覧の目安は北展示室が30分〜1時間半、南展示室も30分〜1時間半です。 これにレセプション棟から美術館棟までの片道約500mが加わります。
観覧だけで半日仕事なので、入館の締め切り16時から逆算すると午前に入る以外の選択がありません。
駐車場は普通車300台・大型バス20台です。 信楽ICから約15分、草津田上ICから約20分、名神の栗東ICから約30分、京滋バイパスの瀬田東ICから約30分、名阪国道の壬生野ICから約35分です。
京阪神から当日に動くと、どのインター経由でも到着は昼を回ります。 信楽の宿から出れば、同じ15分の運転で開館直後に着きます。
アプローチの約500mは歩いて入る
入り方そのものが展示の一部です。
レセプション棟から美術館棟までは約500m、徒歩7〜8分です。 10人乗りの無料電気自動車が10〜15分間隔で随時運行し、乗車時間は3〜5分です(MIHO MUSEUM公式)。
道筋はしだれ桜の並木道から始まり、トンネルを抜けて吊り橋を渡ります。
ここで泊まりが効きます。 混雑時は電気自動車が運行休止することがあるので、歩く前提なら人の少ない時間帯のほうが確実です。
午後の混雑に当たると、歩かされた500mになります。 朝の空いた時間なら、同じ500mが建物へ入っていく過程になります。
建物は全体の約80%が地中にある
美術館棟の数字を押さえます。
MIHO MUSEUMは1997年に開館し、設計はI.M.ペイです。 建物は全体の約80%が地中に埋設され、敷地面積は100万2000平方メートル、建築面積は9241平方メートルです(MIHO MUSEUM公式)。
地中に埋めた理由は立地です。ここは自然公園法の県立公園第3種特別地域にあります。
山に建てる許可を取る代わりに、建物を山の中に入れたという順番です。 だからアプローチにトンネルが必要になりました。
ペイは同じ信楽で神慈秀明会のベルタワー「ジョイ・オブ・エンジェルス」(1990年)も手がけています。 美術館より前にこの土地で仕事をしていた建築家が、7年後に山の中へ展示室を作ったという流れです。
土山宿は、本陣から茶に替えて続いた
1日目の東端は宿場です。
土山家住宅(土山宿本陣跡)の主屋・離れ(玉座)・土蔵・米蔵の4棟は、令和4年11月18日の国の文化審議会の答申を受けて国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。 これで甲賀市内の登録有形文化財は22件になりました(甲賀市公式)。
家の歴史が宿場の歴史になっています。 土山家は江戸時代前期以来幕末まで東海道土山宿の本陣を務め、寛永11年(1634年)の徳川家光上洛の際に本陣職を拝命しました。
転換点は明治です。 本陣職が廃止された明治3年(1870年)以降、「土山の特産であった茶」を家業の柱とし、現在の第14代当主まで受け継がれています。主屋は昭和35年(1960年)の竣工です。
宿場が無くなったとき、この家は街道から茶へ商売を替えました。
離れの玉座の内部は従来から予約制の公開です。入る前提なら先に連絡が必要になります。
田村神社の境内を、東海道が通っていた
宿場のすぐ隣が神社です。
田村神社は坂上田村麻呂公を主祭神とし、嵯峨天皇と倭姫命を祀ります。 弘仁3年(812年)正月に嵯峨天皇の勅令で土山の地に祀られ、弘仁13年(822年)4月8日に現在地へ遷されたと伝わります(田村神社公式)。
現本殿は御鎮座壱千弐百年の記念事業として平成23年に造替された銅板葺き三間社流造です。 旧本殿は江戸時代中期に焼失した社殿の再建で、築後260年余りを経ていました。
道と神社の関係が残っています。 かつて東海道は田村神社の境内を通り、田村川を渡る板橋が架かっていました。 橋は昭和初期に台風で流され、平成17年7月に再建されて「海道橋」と命名されました。
参道を歩くのではなく、街道を歩くと境内に入る形になっていました。
鈴鹿峠は「昔より西の難所」とされた場所で、峠を降ると田村川が見えてきます。 神社が置かれたのは、峠を越えた側の最初の平地です。
忍術屋敷は、1日目の降り方の途中にある
東から西へ降りる途中に、甲南があります。
甲賀流忍術屋敷は甲賀望月氏本家の旧邸で、江戸時代の元禄年間(1688〜1704年)に建てられました。 中二階からさらに三階に通じる構造で、隠し梯子、三階から一階へ逃げる縄梯子、どんでん返し、格子の一本が外れる見張り窓があります。 落とし穴の深さはおよそ3メートルで、屋敷全体の地下に通路として広く掘られています(甲賀流忍術屋敷公式)。
ここを1日目に置く理由は地形です。
甲賀市公式は、甲賀と伊賀がいずれも太古の琵琶湖が形成した古琵琶湖層の丘陵地で、谷が樹枝状に侵食されていると説明しています。 谷の入り口や丘陵の先端にはほぼ必ず城館が構えられ、どれもが同じような地形なので攻める者が混乱したとあります。
1日目に車で東から西へ降りると、同じような谷と丘が続けて出てきます。 その感覚を持ったあとで屋敷に入ると、仕掛けが地形の延長として見えます。
2日目のMIHO MUSEUMは、その古琵琶湖層の上に建物を埋めた施設です。地層の話が2日続きます。
茶と器が、同じ地層の上で結びついた
2日目に器へ戻るので、茶の側を1日目に置いておきます。
1日目に通る土山と、信楽の朝宮。この2つが甲賀の茶の二大産地です。 朝宮茶は日本五大銘茶に数えられ、起源は約1,200年前に最澄が中国から持ち帰った茶の実を岩谷山(仙禅寺)に植えたことだとされます(信楽町観光協会)。 畑があるのは標高約400〜700mの信楽山地です。
器はそのあとに来ます。 信楽茶壺が生まれたのは中世後期の室町時代で、甲賀の茶を荘園領主へ進上する器としてでした。 次に煎茶が江戸中期以降に流行すると煎茶器が、明治以降は駅弁とともに茶を入れて売られた汽車土瓶が焼かれています(甲賀市教育委員会)。
茶の進上という用途が先にあって、器の形があとから決まりました。
土山町の東海道伝馬館では、甲賀市歴史文化財課が「お茶染め体験会」の参加者を募集しています。 この土地では茶が飲み物にとどまらず、染料にもなっています。
車の前提と、曜日の合わせ方
実務の注意です。
- この2日は車を前提にしています。信楽駅発のMIHO行き路線バスは令和6年3月末で廃止され、残っているのはJR石山駅発の帝産バス(美術館の開館日のみ)だけです
- 鉄道で入る場合は貴生川が起点です。信楽高原鐵道は貴生川〜信楽の14.7km・6駅で所要約24分、 公式時刻表ではおおむね毎時1本ですが、70分前後あく時間帯があります
- 信楽高原鐵道の運休はX(@SHIGARAKI_St)で告知されます。公式サイトではないので、災害時はこちらを見てください
- 2日目を鉄道に替えるなら、紫香楽宮跡駅のパークアンドライド約100台分が使えます。信楽ICから近い駅です
- 車を使わない区間はコミュニティバスになりますが、路線は地区ごとに分かれています。 信楽地区の田代・畑・陶芸の森巡回線は、美術館のある田代としだれ桜の畑、陶芸の森を結ぶ系統です。名前に「デマンド」「コミタク」が付くものは予約制です
- 一般社団法人甲賀市観光まちづくり協会のサイトは、セキュリティ対策に伴うサーバーメンテナンスで公開を休止しています(2026年10月時点)。 予約や問い合わせは電話に限られるので、宿と施設は各自の公式を当たることになります
- 曜日は美術館から決めてください。MIHOは開館期間中の月曜が休館、忍術屋敷は水曜と第4木曜、陶芸の森は月曜です。 月曜に当たると2日目の行き先が両方消えます
土産は鮒寿しと、たぬきの置物
2日目は西へ抜けるので、買うのは帰る前です。
鮒寿しから書きます。 古琵琶湖は約400万年前に三重県の上野盆地で誕生し、堆積盆地を移しながら、いまの琵琶湖になりました(甲賀市教育委員会)。
2日かけて見るのは古い湖の地層で、鮒寿しは同じ湖のいまの姿から来ます。
びわ湖産のニゴロブナを漬けた馴れずしです。 お試しパックは少量から試せる形で、子持ちのものは卵の分だけ量があります。スライス済みのものなら切り分けずに出せます。
車で帰るなら、匂いが強いので包装を確かめてから積んでください。
信楽焼のたぬきは割れ物です。 この置物が信楽の顔になったのは昭和26年(1951年)です。 昭和天皇の行幸を、地元が日の丸を持たせた大きな信楽たぬきで出迎えました。 天皇が歌を詠まれたことが全国に報道され、以後は11月8日が観光協会によって「信楽たぬきの日」として日本記念日協会に登録されています。
7号くらいのものなら車に積めます。2日目の荷物になるので、買うのは信楽ICへ向かう前に回してください。
信楽焼 7号福々狸(オス) 信楽焼たぬき縁起物タヌキ 陶器タヌキ たぬき置物 やきもの しがらきやき 焼き物 狸 タヌキ 信楽 たぬき ta-0066
¥4,780まるいち本店・2026-10-24時点
瓶・箱ものは配送が安心。旅先で身軽に動けます。
楽天で見る珍味 肴 滋賀 鮒寿し お試しパック [あゆの店きむら]【鮒ずし 鮒寿司 鮒寿し ふな寿司 ふな寿し ふなすし ふなずし フナズシ 近江米 琵琶湖 天然 滋賀 近江 フナ ふな 鮒 ニゴロブナ お取り寄せ 肴 おつまみ グルメ 珍味 ご当地】
¥1,404あゆの店きむら・2026-10-23時点
お取り寄せ対応。荷物を増やしたくない旅は「帰ってから注文」が身軽です。
楽天で見る※価格は取得時点の目安です。最新の価格・送料はリンク先でご確認ください。
宿の位置で、2日目の朝が決まる
甲賀市の宿は3つに分かれます。
1つは土山と甲南の温泉宿です。 土山町の大河原や甲南町の山あいにあるので、1日目の東側の行程からそのまま入れます。ただし翌朝は市内を西へ横断することになります。
2つめは信楽の山側の宿です。 MIHO MUSEUMまで信楽ICから約15分なので、2日目の朝を狙うならこちらになります。窯元散策路にも近い位置です。
3つめは水口の国道1号沿いのホテルです。 甲賀土山ICと貴生川駅の両方に近いので、鉄道で入る場合と、帰りの時間を優先する場合の選択になります。
東西約43.8kmの市なので、どこに泊まるかで2日目の朝に動き出せる時刻が変わります。

信楽・甲賀
ホテルルートイン甲賀水口 -国道1号-
★4.26¥6,300〜/人(2026-09-21時点)
■水口工業団地より車で約5分 ★30品目朝食無料 ★大浴場完備◆◇WOWOW全室で無料視聴可◇◆
楽天トラベルで見る
信楽・甲賀
ダイヤモンド滋賀 甲賀温泉やっぽんぽんの湯 ダイヤモンド滋賀カントリークラブ併設
★4.04¥10,000〜/人(2026-09-21時点)
新名神甲賀土山ICより15分!人気の天然温泉や充実のアクティビティなど、大自然の中の滞在型リゾート
楽天トラベルで見る※料金は取得時点の最低料金の目安です。プラン・日程により変わります。
服装と持ち物
- 2日目は約500mのアプローチを歩きます。歩けるきれいめスニーカーで
- 1日目の忍術屋敷は中二階から三階へ上がります。段が急なので、動きやすい服装で
- 気温は市内でも差があります。平野部の年平均が14℃、東部と西部の山岳地帯が12〜13℃なので、朝と日中で足せる服に
- 雨は年間1,500〜1,600mm降ります。畳める雨具を1つ。暴風警報が出ると美術館は臨時休館になります
- 雪は平野部で最高20cm前後、東部の山間部では30cm以上積みます。冬に土山へ寄るなら足元を考えてください
- 器を買って持ち帰るなら、緩衝材と手提げを用意しておいてください
