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旅行

飫肥・日南1泊2日モデルコース|架線のない城下町を、朝と夕に歩く

公開: 2026-10-24 | #飫肥 #日南 #1泊2日 #観光 #九州

飫肥に泊まる理由は、夕方と朝の城下町です。

19.8haの重要伝統的建造物群保存地区の日中は、 国道220号の路線バスと車で来る日帰り客と、 提携店が開いているあいだだけ成立する「食べあるき・まちあるき」で動いています。 どちらも夕方には引きます。

地区では2015年度に大手横馬場通線150m・後町線270mの電線地中化が終わっています。 人の引いたあとの江戸時代初期の地割りを、架線なしで見られるのは泊まった側だけです。

ルートマップ|このコースの動き方※位置・距離は概略のイメージです
日向灘JR日南線(飫肥駅・油津駅)宮崎空港10:30 START2サンメッセ日南11:303堀川運河13:304堀川橋14:30G飫肥の城下町16:00 宿泊朝の城下町07:30 START2鵜戸13:003洞窟の中の本殿14:004亀石15:00宮崎16:30 GOAL1日目のルート2日目のルートJR日南線(飫肥駅・油津駅)N

潮と店の開く時間で、順番が決まります

先に条件を置きます。この土地では、見る順番が条件のほうから決まります。

  • 鵜戸崎南面の波食棚が洗濯板に見えるのは干潮時です。文化庁の解説は、波食台の幅を干潮時に20mから100mとしています。 泊まれば干潮が午前でも午後でも合わせられるので、鵜戸は2日目に置いています
  • 城下町の「食べあるき・まちあるき」は飫肥城下町保存会と周辺店舗の連携事業で、 提携店が開いている日中だけ成立します。2日目の午前に置いているのはこのためです
  • 2026年9月7日の大雨で鵜戸神宮参宮線が崩落し、第1・第2駐車場への道路が通行できません。 全面解除の時期は未定です。代替の観光駐車場から御本殿まで徒歩約20分を、2日目に見込んでおきます
  • 鵜戸神宮の海岸参道は、2026年6月19日の土砂災害で通行止めになりました。 同年8月4日から片側交互通行に戻りましたが、常時の対面通行ではありません
  • サンメッセ日南には定休日があります。公式サイトの営業日カレンダーで、1日目の日付を確かめてください
  • 鵜戸の「ヘゴ自生北限地帯」は国の天然記念物ですが、指定当時の20本は1976年の寒波で枯れました。 いまあるのは高さ10cmから50cmの約30本です
  • 宮崎交通は2026年10月1日に一般路線バスのダイヤ改正を行いました。 2日かけて同じ国道を往復するので、往路と復路の時刻を公式で確かめてください

1日目

  1. 10:30

    宮崎空港から国道220号を南へ移動

    見どころは国道220号沿いに北から南へ並びます。飫肥だけがそこから内陸へ入ります。

  2. 11:30

    サンメッセ日南でモアイ7体を見る移動

    イースター島アフ・アキビの7体の完全復刻です。開園は1996年4月で、2023年9月17日に入場者数が約500万人に達しました。

  3. 13:30

    油津で堀川運河を見る移動

    飫肥藩5代藩主伊東祐実の命で100m以上の岩盤を掘削し、貞享3年(1686)に2年4ヶ月で完成しました。

  4. 14:30

    堀川橋と赤レンガ館を歩く

    堀川橋は1903年築造の石造アーチ橋。油津赤レンガ館は1922年建築で、1997年に有志31名が買い取って保存しました。

  5. 16:00

    飫肥の城下町に入る移動

    面積19.8haの重要伝統的建造物群保存地区です。種別は武家町で、九州・沖縄地方で最初の重伝建です。

  6. 17:00

    宿に入る

    宿は南郷と油津の海側、北郷の山側に分かれます。城下町からは離れるので、夕方は車で戻る形になります。

  7. 18:30

    日が落ちた城下町を歩く

    2015年度に大手横馬場通線150m・後町線270mの電線地中化が終わっています。空に架線がありません。

  8. 19:30

    夜はおび天と厚焼き

    おび天は魚の摺り身に豆腐・黒砂糖・味噌を混ぜて揚げたもの。厚焼きは卵に砂糖と酒を加えて焼いた菓子です。

2日目

  1. 07:30

    朝の城下町を歩く

    日中の地区は日帰り客と提携店で動きます。朝はどこも開いていないので、江戸時代初期の地割りだけが見えます。

  2. 09:30

    飫肥城跡と武家屋敷を回る移動

    飫肥城に近い方から上級家臣・中級家臣・町家・下級家臣と屋敷が並びました。石垣は飫肥石や玉石です。

  3. 11:30

    食べあるき・まちあるきで昼をとる

    飫肥城下町保存会と周辺店舗の連携事業です。提携店が開いている日中だけ成立します。

  4. 13:00

    干潮の時刻に合わせて鵜戸へ移動

    鵜戸崎南面の波食棚は干潮時の幅が20mから100m。満潮では岩棚が水没します。

  5. 14:00

    洞窟の中の本殿に下りる

    洞窟は東西38m・南北29m・高さ8.5m。いまの本殿は正徳元年(1711)に五代飫肥藩主伊東祐実が改築したものです。

  6. 15:00

    亀石へ運玉を投げる

    本殿前広場から12m先、頭から尻尾まで約8mの亀石です。男性は左手、女性は右手で投げます。

  7. 16:30

    宮崎へ戻る移動

    鵜戸神宮から宮崎市内まで国道220号で約60分。駐車場への道路が崩落しているので、観光駐車場から御本殿まで徒歩約20分を見ておきます。

  8. 時刻は目安です。列車やバスのダイヤは改正で変わるため、出発前に各社の時刻表でお確かめください。

1日目に海岸を下り、2日目に戻る

順番に理由があります。

見どころは国道220号沿いに北から南へ並び、飫肥だけがそこから内陸へ入ります。 だから1日目は北から南へ下って、最後に内陸へ入る形にしています。

逆にすると、飫肥から海岸へ出て、また戻ることになります。 日が落ちてからの城下町が行程から消えます。 それが泊まる理由そのものなので、ここは入れ替えられません。

2日目は内陸から海岸へ出る向きです。 城下町の施設と食べあるきは日中だけなので午前に置き、鵜戸の時刻は潮で決めます。

泊まると、見る順番を潮と店が開く時間の両方に合わせられます。

河口を先に見てから、城下町に入る

1日目に油津の堀川運河を置いているのにも理由があります。

飫肥杉を大阪方面へ出す道順は、酒谷川と広渡川に筏を組んで流し、油津へ回すものでした。 ところが広渡川の河口から、いったん外海に出る必要がありました。 波が荒く潮の流れも複雑で、木材が流出することが多かったのです。

飫肥藩5代藩主伊東祐実の命で、数十間(100m以上)の岩盤を掘削し、 貞享3年(1686)に2年4ヶ月で完成したのが堀川運河です。 貯木場として使われたのは1970年代までで、いまは小型船舶の避難港になっています。

運河沿いに1903年築造の石造アーチ橋・堀川橋が架かります。 吾平津神社(通称 乙姫神社)の参道を兼ねるので、地元では乙姫橋と呼ばれます。 1922年建築の油津赤レンガ館は、1997年に有志31名が一人100万円ずつ出し合って買い取り、保存されました。

先に河口を見ておくと、城下町の金の出どころが分かった状態で地区に入れます。

19.8haの地割りは、夕方から形だけになる

飫肥の重伝建は面積19.8ha、選定は1977年5月18日。 種別は武家町で、九州・沖縄地方で最初の重伝建です。

飫肥藩5万1千石の城下町で、江戸時代初期の地割りがよく残っています。 地割りは酒谷川に三方を囲まれた正方形に近い形で、 その中に飫肥城に近い順から上級家臣・中級家臣・町家・下級家臣の屋敷が置かれていました。 伝統的建造物は建築物14件・工作物128件、環境物件23件です。

武家屋敷を囲むのは、飫肥石や玉石の石垣と、その上のお茶などの生垣です。 日が落ちると、見えるものがこの石垣と生垣と道の幅だけになります。

飫肥城復元事業は1974年度に始まって1979年まで続き、 修理・修景工事は選定以降の累計で164件(2025年度時点)。 2015年度の電線地中化で、空に線がありません。

見るものが建物から地割りに変わるのが、人の引いたあとの時間です。

朝の城下町は、開く前に歩く

2日目の朝も同じ時間です。

地区には有料施設が複数あって、一日で回るには数が多いほうに傾きます。 朝はどこも開いていないので、歩くだけになります。 そのあと施設が開いてから、もう一度同じ道を通ります。

同じ19.8haを、閉まっている状態と開いている状態の両方で歩くことになります。 日帰りでは後者しか手に入りません。

地区の内側では、旧伊東伝左衛門家が2021年度に宿泊施設へ改修され、 2023年度に地元事業者へ移っています(文化庁掲載の日南市作成資料)。 地区の中に泊まる形そのものが、保存事業の一部になっています。

干潮に合わせるのは、見える面積が変わるから

2日目の午後が鵜戸です。

鵜戸崎南面の波食棚は県指定天然記念物「鵜戸千畳敷奇岩」で、指定は1933年12月5日。 別名が「鬼の洗濯岩」「鬼の洗濯板」です。

地層は新第3系宮崎層群。 砂層と泥層が約1000万年前から100万年前に交互に堆積し、 その地層が10度から20度傾いて海に面しています。 凸が硬い砂岩層、凹が軟らかい泥岩層です。

干潮時の波食台の幅は20mから100m(文化庁)。満潮では岩棚が水没します。 同じ場所でも、時刻によって見える面積が変わります。

なお、同じ地層の国指定天然記念物「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」は宮崎市大字折生迫で、日南市ではありません。 そちらを含めて組むなら宮崎1泊2日モデルコースのほうです。

同じ波が、洞窟を掘って本殿を入れた

波食棚の上が鵜戸神宮です。

本殿は鵜戸崎の日向灘に面した海食洞の中にあります。 洞窟の寸法は東西38m・南北29m・高さ8.5m。 崖沿いの石段を下りて参拝する下り宮で、様式は権現造です。

国土交通省の解説では、この洞窟は硬い砂岩と軟らかい泥岩の崖を波が削ってできたものです。 波食棚を縞にした波と、同じ波が掘っています。

創建年代は諸説あり不詳です。 現在の本殿は、五代飫肥藩主伊東祐実が正徳元年(1711)に改築したものです。 1995年3月23日に宮崎県の指定建造物になりました。 2017年10月13日には、一帯が国の名勝「鵜戸」になりました。

ここで1日目と2日目がつながります。 1686年に運河を掘らせた藩主と、1711年に本殿を建てた藩主は同じ伊東祐実です。 運河で杉を出せるようになった金が、城下町と本殿の両方に回っています。

吹毛井から715段、亀石まで12m

参道も数字で出ています。

八丁坂は吹毛井の港から神宮の山門まで続く石段で、長さ約800m。 段数は吹毛井側から上り438段・下り277段で、合わせて715段。市指定は1970年11月3日です。 石材は近くの海岸の磯石で、どれも中央部が凹んでいます。

明治維新より前は鵜戸山・鵜戸大権現と呼ばれ、境内の仁王護国寺は仁和寺の所管でした。 下り階段の両側には、12の支院がありました。 八丁坂の近くの岩壁には1764年と1765年に仏師延寿院が彫った不動明王があり、 そこから約50m離れた裏山の岩壁に閻魔大王と四天王像が残ります。

本殿前広場の眼下にあるのが亀石(桝形岩)です。 広場から12m先にあり、頭から尻尾まで約8m。背中には60cm角の枡形のくぼみがあります。

ここへ投げる運玉は1954年頃に始まりました。 日曜の賽銭を月曜の早朝に拾う小学生の遅刻が続いたため、 後藤幸平宮司と学校関係者が、粘土を丸めて「運」の字を押し、軽く焼いたものを考案しました。 子どもが作って納め、神宮が学費や修学旅行費を補助します。 作り手はいまも鵜戸小中学校の児童生徒と保護者、そして日南市風田の施設です。

投げる手は決まっていて、男性が左手、女性が右手です。

食べ物は海側と山側に分かれます

泊まると、夜と朝の2食が入ります。 日南の食べ物は、森林率約78%という地形のとおりに分かれています。

海側はカツオです。 2021年2月、農林水産省はこれを「造船材を産出した飫肥林業と結びつく日南かつお一本釣り漁業」として日本農業遺産に認定しました。 漁法は約300年前に紀州藩から伝わり、近海かつお一本釣りの漁獲量は四半世紀にわたって日本一。 市域の約8割が森林で、うち7割が飫肥杉の人工林。その杉林から流れ出た栄養塩が漁場を育てる、という説明です。 南郷地区の郷土料理かつおめしはその港の飯で、水揚げは2月から9月を中心に一年中あります。

城下町の側は揚げ物と菓子です。 おび天は魚の摺り身に豆腐・黒砂糖・味噌を混ぜて揚げた、藩政時代から伝わるもの。 厚焼きは、卵に砂糖と酒をたっぷり加えて焼いた菓子です。藩主への献上品だったとされます。 砂糖を使える城下町に残った形です。

山側の北郷地区はまた別です。 昔ながらの製法の手作り麦味噌、日向夏のようかん、わさび漬け、 1985年から大戸野の主婦たちが作る草だんご・あくまき、無農薬栽培茶、青ハガネの包丁。

同じ市で海と山の産物が分かれるのも、森林8割という地形の反映です。

鉄道とバスの実務

  • 鵜戸神宮とサンメッセ日南に最寄り駅はありません。 神宮公式のアクセスは、日南線の伊比井駅か油津駅から路線バスで約20分です
  • 1日目の軸は宮崎交通965系統です。宮崎駅西口「西1のりば」発の飫肥行きで、青島・サンメッセ日南・飫肥を1本で結びます。 宮崎駅から飫肥まで約1時間20分、宮崎空港2番のりばからサンメッセ日南まで約53分、青島エリアからは約30分です
  • 車なら宮崎市内から鵜戸神宮まで国道220号で約60分、宮崎ICからサンメッセ日南まで約40分、日南東郷ICからは約20分です
  • 道の駅フェニックスと堀切峠は宮崎県宮崎市内海にあり、日南市ではありません。1日目に下る道中の場所です
  • 日南線の2025年度の平均通過人員は、田吉〜油津が893人/日、油津〜志布志が173人/日です。 2026年8月18日にJR九州が平均通過人員1,000人未満の1路線12区間について沿線自治体との存廃協議の目安を公表し、この2区間が含まれました
  • 2022年9月の台風14号では南郷〜志布志の11.7kmが不通になり、2023年3月15日に全線で運転を再開しました。 幅約5m・高さ約15mの築堤崩壊で、現場が海岸沿いの急斜面にあり大型重機を入れにくかったためです
  • リンクを辿るときは udojingu.or.jp が鵜戸神宮の公式サイトです。旧ドメインは無関係の会社サイトに転送されます

土産は日向夏の調味料

日向夏は、日南市公式の特産品に載っている柑橘です。 同じ欄にハウスみかん・極早生みかん・ポンカンが並びます。

日南海岸は露地でスターフルーツを扱える程度に暖かく、柑橘と亜熱帯果樹がそろう土地です。 ただし果実には旬があり、2日目に探しても季節のほうが先に決まっています。

ドレッシングのような調味料なら、持ち帰ってから使う分だけ、行った季節に左右されません。

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宿は海側と山側に分かれます

日南の宿は、南郷と油津の海側、そして北郷の山側に分かれます。 食べ物と同じ分かれ方です。

地区の内側に泊まる形は、上に書いた旧伊東伝左衛門家のような保存事業の側にあります。 下に出る宿はいずれも地区の外なので、夕方と朝の城下町へは車で入る形になります。

目的が人の引いた城下町なので、飫肥に近いほうが確実です。 飫肥に近いのは海側の油津の周りと、山側の北郷です。 南郷は海岸をさらに南へ下った先になります。

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服装と持ち物

  • 同じ城下町を2回歩きます。歩けるきれいめスニーカーで
  • 八丁坂は約800mで715段あります。段差が続くので、靴底の減っていないものを
  • 干潮の岩棚は濡れています。靴底の溝が残っているものを
  • 鵜戸神宮は観光駐車場から御本殿まで徒歩約20分です。荷物は宿に置いて
  • 夕方と朝の城下町は冷えます。羽織りものを1枚
  • 海に面した崖の参道は風が通ります。風を通さない上着を

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