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旅行
盛岡1泊2日モデルコース|三大麺を3食に分けて、全部食べる
公開: 2026-10-23 | #盛岡 #1泊2日 #観光 #東北
盛岡に泊まる理由は麺の数です。
盛岡三大麺は、わんこそば・盛岡冷麺・盛岡じゃじゃ麺の3つ。
日帰りで3つ食べるのは無理です。 わんこそばはおかわりを続ける形式なので量が多く、 そのあとに2つ入れるのは厳しいです。
1泊すれば、昼・夜・翌日の昼で3食に分けられます。
1日目
- 11:00
盛岡駅に着く移動
東京から東北新幹線で2時間10分前後。北上川と中津川が合わさる位置にある街です。
- 11:40
盛岡三大麺のひとつを食べる移動
わんこそば・盛岡冷麺・盛岡じゃじゃ麺の3つです。1泊なら3食に分けて全部食べられます。
- 13:30
石割桜を見る移動
盛岡地方裁判所の構内にあります。周囲23mの花崗岩の割れ目から育ったエドヒガンです。
- 14:30
盛岡城跡公園を歩く移動
花崗岩を積んだ石垣が残ります。石割桜と同じ岩が、城の石垣にも使われています。
- 16:00
紺屋町の町並みを見る移動
城下の職人町です。南部鉄器と染物の店が残っています。
- 18:30
2つめの麺を食べる
昼と違うものを選んでください。冷麺とじゃじゃ麺は夜に開いている店が多いです。
2日目
- 07:30
朝の北上川を歩く
街なかを流れる川です。朝は人がいないので、川のそばを歩くと岩手山が見えます。
- 09:30
材木町を歩く移動
駅の北西にある通りです。宮沢賢治にちなむ像が並び、土曜は市が立ちます。
- 11:30
3つめの麺を食べる移動
これで三大麺がそろいます。3つとも成り立ちが違うので、続けて食べると差が分かります。
- 13:30
南部鉄器を見て選ぶ
鉄瓶から小物まであります。重さがあるので、持ち帰る手段を考えてから選んでください。
- 15:30
盛岡駅から帰る移動
東北新幹線で東京まで2時間10分前後です。
- 時刻は目安です。列車やバスのダイヤは改正で変わるため、出発前に各社の時刻表でお確かめください。
盛岡三大麺は、どれも「よそから来た麺」
おもしろいのは2つが外から来ていることです。
盛岡冷麺
朝鮮半島北東部の咸興(ハムフン)出身で、昭和13年に日本に移り住んだ青木輝人さんが、 昭和24年に数寄屋橋の「平壌冷麺 食道園」で冷麺づくりの基礎を会得しました。
そして昭和28年に盛岡へ移住し、 咸興冷麺と平壌冷麺を融合させた麺を開発。 昭和29年5月1日に「食道園」を開店したのが始まりです。
つまり朝鮮半島の2つの冷麺を、盛岡で1つにしたものです。 どちらでもない、ここで生まれた麺ということになります。
盛岡じゃじゃ麺
戦前に満州(当時の中国東北部)に住んでいた日本人男性が、 戦後に引き揚げてきて、満州で食べた肉味噌麺「炸醤麺(ジャージアンミエン)」を元に 屋台を盛岡で始めました。
昭和28年(1953年)頃に、餃子の皮の残りを使って麺を作り、 肉味噌や具をのせて「じゃじゃ麺」として売り出しました。
この屋台から始まった店が白龍(パイロン)です。
餃子の皮の残りで麺を作ったという部分が重要です。 最初から専用の麺があったわけではなく、 あるものでなんとかした結果こうなりました。
わんこそば
3つのなかで、わんこそばだけが古くから土地にあるものです。
岩手は寒冷で米が育ちにくく、そばを作ってきました。 客にそばを振る舞う作法が形式化したものと言われます。
3つの成り立ちが、街の性格を示している
ここが盛岡を理解する鍵です。
- わんこそば: 土地の作物から出た
- 盛岡冷麺: 朝鮮半島から来た人が、ここで作り変えた
- 盛岡じゃじゃ麺: 満州から引き揚げた人が、ここであるものを使って作った
2つは昭和28年から29年に、戦後の引き揚げと移住から生まれています。
つまり盛岡は、 外から来た人が持ち込んだものを定着させた街だということです。
名物が3つあるというより、 街の歴史が3つの麺に分かれて残っていると見るほうが正しいです。
3食の割り振り
実務として、こう組むのがいいです。
- 1日目の昼: わんこそばか冷麺。わんこそばは時間がかかるので昼に
- 1日目の夜: じゃじゃ麺か冷麺。この2つは夜に開いている店が多い
- 2日目の昼: 残った1つ
じゃじゃ麺には「ちいたんたん」という締め方があります。 食べ終わった皿に卵を割り入れ、茹で汁を足してスープにします。 これを頼まないと半分しか体験していないことになります。
石割桜は岩を割って育った
石割桜は盛岡地方裁判所の構内にあります。
数字で見ると形が分かります。
- 周囲23mの巨大な花崗岩の割れ目から育っている
- 樹高11m、根回り4.3mのエドヒガン
- 樹齢は300年とも400年ともいわれる
割れ目の由来も記録があります。 宝永5年(1708年)6月17日の落雷で岩が割れたとされ、 逆算すれば樹齢300余年になります。
落雷で岩が割れ、その割れ目に桜が根を下ろしたということです。
そして根が太るにつれて、岩をさらに押し広げてきました。
近くで見ると、岩の割れ目に幹がぴったり挟まっています。 木が岩を割っているのか、岩が木を挟んでいるのか分かりません。
城の石垣も同じ花崗岩
石割桜を見たあとに盛岡城跡公園へ行くと、気づくことがあります。
石垣が花崗岩です。 石割桜を挟んでいるのと同じ岩です。
盛岡の周りには花崗岩が多く、 それを切り出して城の石垣に積みました。
東北の城は土を盛った土塁が多いのですが、 盛岡城は高い石垣を持っています。 石材が手に入る土地だったからです。
石割桜 → 城の石垣という順に見ると、 この街が何の上に建っているかが分かります。
2日目の朝は北上川を歩く
2日目の朝にやることがあります。
北上川のそばを歩くことです。
盛岡は北上川と中津川が合わさる位置にある街です。 だから城が置かれ、城下町ができました。
朝は人がいません。 川のそばを歩くと岩手山が見えます。
川が2つ合わさる地形と、 その合流点を押さえるように置かれた城。 これを朝に歩くと、街の作られ方が分かります。
紺屋町と材木町
紺屋町は城下の職人町です。 名前の通り染物屋の町でした。 いまも南部鉄器と染物の店が残っています。
材木町は駅の北西にある通りです。 宮沢賢治にちなむ像が並び、賢治が通った書店があった通りです。
土曜は「よ市」という夕方の市が立ちます。 地元の野菜や食べ物の屋台が出ます。 土曜に泊まるなら、ここを夕方に入れてください。
歩ける街です
盛岡は歩ける街です。
盛岡駅から城跡まで徒歩20分ほど。 石割桜、紺屋町もその範囲に入ります。
中津川に沿って歩くと気持ちがいいので、 天気がよければ歩くほうが街が分かります。
宿が駅の周りに集まっているので、荷物を置いてから歩けます。
南部鉄器は重さを考えてから選ぶ
2日目に南部鉄器を見る時間を取ってあります。
鉄瓶から小物まであります。
実務として大事なのは重さです。 鉄瓶は想像より重いです。
持ち帰る手段を考えてから選んでください。 新幹線で手持ちなら小物、宅配を使うなら鉄瓶、という判断になります。
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宿は駅の周りに集まっている
盛岡の宿は駅の周りに集まっています。
これが位置として効きます。 荷物を置いてから街を歩けるからです。
城跡まで徒歩20分なので、 身軽になってから出られます。
3食を麺に使うので、宿は朝食だけか素泊まりで足ります。

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- 城跡の石垣は段差があります。底の厚い靴のほうが楽です
- 盆地なので夏は暑く、冬は冷えます
- じゃじゃ麺は飛びます。白い服は避けるほうが安全です
- 南部鉄器を買うなら、重さを入れられるかばんか宅配の用意を
- 冬は滑りにくい靴が必要です

