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旅行
三原・佛通寺1泊2日モデルコース|霧が出るのは、冷えた晴れた朝だけ
公開: 2026-10-24 | #三原 #佛通寺 #1泊2日 #観光 #中国
三原に泊まる理由は1つです。 筆影山と竜王山の海霧です。
秋が深まって冬を迎える頃、冷え込んだ晴れた早朝にだけ、海面から霧が立って島々を包みます。 昼に上がれば多島美は見えます。霧は見えません。
そして両山には公共交通がありません。 三原駅から車かタクシーで約20分、JR須波駅からは徒歩約50分です。 始発の列車では、夜明けに山頂へ立てません。
三原か須波に前泊して、暗いうちに上がるしか手がありません。 この2日は、それを前提に組んであります。
三原市があるのは広島県の中東部、沼田川の河口です。 東京から福山駅まで約3時間40分、こだまに乗り換えて約20分の町です(三原観光協会の案内)。 広島空港も市内にあるので、空路でも入れます。
2日目の朝が動かせない
- 海霧が立つのは、秋が深まり冬を迎える頃の、冷え込んだ晴れた早朝だけです。暖かい朝と曇りの朝には出ません
- 山頂までの公共交通がありません。三原駅から車・タクシーで約20分、JR須波駅から徒歩約50分、山陽道三原久井ICから約40分です
- つまり2日目の朝は山に固定されます。そこに寺を入れる余地はありません
- 佛殿と本堂の中に入れるのは「秋の特別拝観」の期間だけです。2026年は11月7日(土)から11月29日(日)で、紅葉の状況により終了期日が変更になる場合があります
- 紅葉の見頃は、寺自身の観測記録では11月20日前後から下旬です
- 紅葉期は2026年11月7日(土)から11月29日(日)の日中、一方通行・車両通行止め・駐車禁止の規制がかかります(三原市観光課)。無料シャトルバスが出るのは11月21日・22日・23日・28日・29日の5日間だけで、高坂自然休養村管理センターから佛通寺第2駐車場まで日中に随時運行し、夕方に最終便が出ます
- 路線バスは本数が少ないと寺の公式サイトが明記しています。三原市は2026年11月14日(土)から29日(日)は毎日運行と告知しています。紅葉期の臨時便は三原駅と仏通寺の2か所しか乗降できません
- 月例の坐禅会は毎月第一土曜の午前に1時間だけで、前日の昼までに寺へ電話で申し込みます。紅葉期は特別拝観に入場した人向けの坐禅体験が土・日・祝にあります
- 三原市主催の文化財説明会「佛通寺みっけ」は、2026年は11月21日・28日の午前だけで、申込が必要です
- 雪舟筆と伝わる含暉院障壁画は広島県立歴史博物館(福山市)に寄託されています。2026年の企画展「大本山 佛通寺展」は前期10月9日(金)から11月8日(日)、後期11月10日(火)から11月29日(日)です
- 三原やっさタコは、産卵時期の保護のため春と秋に一部休漁する時期があります(三原市漁業協同組合)
- 大雨の警報が出ている日は、佛通寺方面の谷に入らないでください。2018年7月の豪雨で沼田川と支川が氾濫した谷です
日付は年で動きます。公式の案内で確かめてください。
1日目
- 11:00
三原駅に着く移動
山陽新幹線・山陽本線・呉線が交わる駅です。のぞみは通過し、ひかりとこだまだけが停まります。
- 11:30
三原城跡の天守台に立つ
永禄10年(1567年)に小早川隆景が着手し、天正11年(1583年)2月に竣功しました。河口の小島をつないだので満潮時に海に浮いて見えました。
- 12:40
新高山城跡の麓へ移動
標高197.6m、東西約400m×南北約500mの山城です。沼田川側は花崗岩の崖で、麓に小早川水軍の拠点がありました。
- 14:10
佛通寺へ上がる移動
三原駅から約40分、本郷駅からは約20〜30分です。路線バスは本数が少ないと寺の公式サイトが明記しています。
- 15:00
佛殿の雲龍図の下に立つ
寛政の回禄(1796年)の後、文化6年(1809年)に浅野家の外護で再建され、翌1810年に菅南山が雲龍図を描きました。佛殿の内部に入れるのは秋の特別拝観の期間だけです。
- 17:30
須波か三原の宿に入る移動
翌朝は暗いうちに山へ上がります。筆影山・竜王山には公共交通がありません。
- 19:00
夜は三原やっさタコ
潮が速く岩場の多い海で育つので、足が短く太く、歯ごたえが締まります。産卵時期の保護で春と秋に一部休漁する時期があります。
2日目
- 05:40
暗いうちに筆影山へ向かう移動
三原駅から車・タクシーで約20分です。始発の列車では夜明けに山頂へ立てません。
- 06:20
筆影山の山頂で海霧を待つ
標高311m。秋が深まり冬を迎える頃の、冷え込んだ晴れた早朝にだけ海面から霧が立って島々を包みます。
- 07:40
竜王山へ移る移動
標高444.9m。竜王みはらしライン(全長4.6km)で山頂近くまで上がれます。多島美は瀬戸内随一と称されます。
- 09:30
須波に下りる移動
JR須波駅から山頂までは徒歩約50分の道です。鉄道だけで動くならこの道になります。
- 11:30
三原港から島の便を見る移動
佐木島・小佐木島・生口島・因島・生名島へ旅客船と高速船が出ています。三原港発は1日十数便です。
- 14:00
三原駅から帰る移動
駅弁のたこ飯は1953年(昭和28年)から売られています。タコの出汁でご飯がほんのり赤く染まります。
- 時刻は目安です。列車やバスのダイヤは改正で変わるため、出発前に各社の時刻表でお確かめください。
1日目に谷を遡り、2日目に尾根から同じ谷を見下ろす
この2日の組み方を先に書きます。
三原の見どころは、沼田川が瀬戸内海に落ちる一本の谷に並んでいます。 谷の上流に1397年創建の佛通寺、中流の標高197.6mの山に1552年の新高山城、河口に1567年着手の三原城。 どれも小早川氏が置いたものです。
1日目は、河口から上流へ遡ります。 三原城、新高山城、佛通寺の順です。
2日目は、谷の脇の尾根に上がります。 筆影山311m、竜王山444.9m。ここから谷の全部が一度に見えます。
1日目に谷の中を歩いて、2日目に上から見るという形です。 逆にすると、尾根から見たときに、どの谷のどこに何があったのかが分かりません。
寺を1日目の午後に置く理由も、同じところから出ています。 2日目の朝は霧に使うので、寺は1日目に入れるしかありません。
佛通寺は三原駅から約40分で、路線バスは本数が少ないと寺の公式が明記しています。 紅葉期は自家用車に規制がかかり、無料シャトルが出るのは5日間だけです。
このため、山から下りたあとの半日に寺を押し込むと、帰りの列車までに収まりません。 寺が先、山が後という順番は、交通の本数で決まっています。
そして日程の向きにも理由があります。 河口の三原城を先に見ると、同じ川の上流に寺があることが分かります。 寺から始めると、どこから上がってきた谷なのかが分からないまま境内に立つことになります。
三原城は満潮になると海に浮いて見えた
1日目の最初は駅のなかから始まります。
着手が永禄10年(1567年)、竣功が天正11年(1583年)2月。どちらも小早川隆景の代です。 沼田川河口の小島をつないで築いたので、満潮のときに城が海に浮いて見えました。それで浮城です。 広島県観光連盟は、日本で最初に海の中から立ち上げた高石垣があるとしています。
いまその天守台は、新幹線のホームの下にあります。 高架が本丸と天守台を貫いているためです。 駅の北口の通路は、石垣をくり抜く形で設けられています。
鉄道が先に来ました。 山陽鉄道が三原駅(現・糸崎駅)から広島駅まで延びたのが1894年6月10日、 山陽新幹線の岡山〜博多の開業が1975年3月10日です。 三原駅にのぞみは停まりません。ひかりとこだまだけが停車します。
城跡は「小早川氏城跡(高山城跡・新高山城跡・三原城跡)」として、1957年(昭和32年)12月11日に国史跡に指定されています。 3つまとめて1件の史跡です。谷の上流から河口までが、同じ指定のなかに入っています。
新高山城から三原城へ、小早川隆景は川を下った
谷の中流です。
新高山城は標高197.6m、東西約400m×南北約500m。 小早川隆景が天文21年(1552年)に本拠を移した山城で、花崗岩の山全体を城にしています。
沼田川側は花崗岩の崖です。 そして麓に小早川水軍の拠点がありました。山に城、麓に船という形です。
ここを見てから三原城を思い返すと、移転の意味が分かります。 山の城から、海に浮く城へ下りたということです。
1日目はその逆をたどっています。 河口から中流へ、そして上流の寺へ。隆景が下ってきた道を遡る向きです。
佛通寺は小早川家の帰依で広がり、乱の後に縮んだ
谷の奥です。
創建は應永4年(1397年)です。小早川春平が愚中周及(佛徳大通禅師)を迎えて開いた臨済宗の禅刹と公式年表にあります。 寺号は愚中の師、即休契了(佛通禅師)の諡号です。2027年で創建630周年になります。
最盛期の規模は、山内の塔頭が88ヵ寺、西日本に末寺が約3千ヵ寺。 小早川家一族の帰依で急拡大しました。
縮むのも同じ筋です。 応仁の乱の後に荒廃し、1436年には含暉院以外の諸堂宇が焼け、1600年には福島正則に寺領を没収されました。 城主がいなくなると寺も縮みます。
明治に入って法灯が戻ります。 天龍寺から独立して臨済宗佛通寺派になったのが1905年(明治38年)です。 いまは参禅道場をもつ西日本唯一の大本山です。
境内の水に区切りがあります。 境内の仏通寺川には「活龍水」という往来の呼び名があり、巨蟒橋から先が結界でした。 この川は沼田川水系の支流で、河川延長17.10km、流域面積33.00km²。1日目に遡ってきた沼田川の、いちばん奥の支流です。
佛殿の雲龍図と、福山に預けられた障壁画
寺で見るものが2つに分かれています。
いまの佛殿は、寛政の回禄(1796年)で焼けたあとに、広島藩主浅野家の外護で文化6年(1809年)に再建されたものです。 天井の雲龍図は翌年の文化7年(1810年)、備中松山の画工・菅南山の筆です。 龍は雲を呼び、雨を降らせる。火難除けの意があると公式サイトが書いています。 この内部に入れるのは秋の特別拝観の期間だけです。
含暉院地蔵堂は国の重要文化財です。 桁行三間・梁行三間の一重宝形造りで、いまは本瓦葺き、もとはかやぶきでした。 内部の須弥壇は縦2m×横2m×高さ1mで、木造地蔵菩薩坐像を安置しています。 様式は和様と唐様が混ざった折衷様です。
もう1つは寺にありません。 含暉院の庫裡・客殿は慶長元年から2年(1596〜97年)に小早川隆景が修築し、そのとき納められた襖絵とされる障壁画が伝わります。 寺伝では雪舟の筆で、広島県の重要文化財(絵画)、29幅・8枚、時代は16世紀末です。 現物は広島県立歴史博物館(福山市)に寄託されています。
2026年の秋は、同館で「大本山 佛通寺展」が前後期に分けて開かれます。 紅葉の寺と障壁画を両方見るなら、三原と福山の2日に分かれます。 この2日の行程には福山は入れていません。入れると、翌朝の山が消えます。
夜にタコを食べるのは、同じ河口の話だから
1日目の夜です。
この海は潮が速く流れます。 タコは流されないよう岩場に足をしっかり張り付けて踏ん張るので、足が短く太くなり、歯ごたえが締まります。 エビ・カニ・シャコなどが集まる岩場が多い海でもあります。
その海は、昼に見た三原城の足元です。 河口の小島をつないで城を立てられた海と、タコが足を張る岩場は同じ場所です。
漁は江戸時代から続くタコつぼ漁で、全長約100mのロープに約100個のタコつぼを連ねて数十m間隔で沈めます。 ブイなどの目印を置かないため、長年の勘と経験に頼ります。タコの体に傷が付きにくい漁法です。
ブランド「三原やっさタコ」の規格は1尾1kg以上、発泡スチロールケース15kg(箱込)に10〜12尾。原料はマダコです。 8月8日は三原観光協会が1988年に制定したタコの日で、足8本と8月8日の8にちなみます。
2日目は夜明け前に出るので、夜は宿の近くで短く済ませる形になります。 活きたマダコを熱湯にくぐらせた薄造りは、鮮度が条件なので産地でしか成立しません。 帰りの列車に持ち込むなら、JR三原駅の駅弁「たこ飯」が1953年(昭和28年)から売られています。
海霧が立つのは、冷えて晴れた朝の夜明けだけ
2日目です。
標高は筆影山が311m、竜王山が444.9m。2つとも瀬戸内海国立公園のなかにあります。 広島県観光連盟は、山頂から見る多島美を瀬戸内随一と記しています。
瀬戸内海国立公園の指定は1934年(昭和9年)3月16日です。雲仙・霧島とともに日本最初の国立公園に選ばれ、いまも1府10県にまたがる国内最大の公園です。
霧が出る条件は決まっています。 秋が深まり冬を迎える頃、冷え込んだ晴れた早朝。海面から霧が立って、島々が包まれます。
ここに前泊でしか届かない理由があります。 山頂まで公共交通が無く、三原駅から車で約20分、須波駅から徒歩約50分。 夜明けに山頂に立つには、暗いうちに動き出す必要があります。
名前も海の側から付いています。 江戸の儒学者・頼山陽が、海に映る山の姿を筆に見立てて名付けたと伝わります(JR西日本 Blue Signal vol.94)。 春は山全体が桜になり、ソメイヨシノとヤマザクラが約2,000本、例年3月下旬から4月上旬です。
竜王山へは「竜王みはらしライン」(全長4.6km)で山頂近くまで上がれます。 霧が出なかった朝でも、2日目の予定は成立します。見えるのは島の形です。
下りたあとは、朝に見た島へ船が出ている
山を下りた午前の後半です。
三原港は瀬戸内の島々への海上交通の拠点です。 佐木島・小佐木島・生口島・因島・生名島へ旅客船と高速船が出ていて、三原港発は1日十数便です。 島内はレンタサイクルと循環バスがあります。
朝に尾根から見た島が、ここでは船の行き先として並びます。 上から見た多島美が、港では時刻表になっているということです。
時間が余ったときの足し先が2つあります。 高いところからの眺めを続けるなら、南西部の白滝山(標高350m)です。 山頂近くに行基開祖と伝わる禅宗の名刹・龍泉寺があり、山頂の花崗岩には釈迦三尊などの磨崖仏があります。 瀬戸内海から四国連山、中国山地まで360度見渡せます。
小早川氏の筋を続けるなら、菩提寺の米山寺です。 初代小早川実平から小早川隆景までの墓が並んでいます。 宗光寺の山門も国の重要文化財で、桃山風の四脚門です。
交通と天気の実務
- 三原駅にのぞみは停まりません。福山乗り換えのほかに、岡山駅までのぞみで約3時間30分、そこからこだまで約50分という入り方もあります(三原観光協会)
- 広島空港は三原市本郷町善入寺、標高331mの台地上にあります。1993年(平成5年)10月29日の供用開始で、三原駅まではバスで約35〜40分です。空路なら三原が最寄りの町になります
- 佛通寺へは三原駅から約40分、本郷駅からは三原市が約20分、寺が約30分と案内していて食い違います。車は山陽道三原久井ICから約20分、本郷ICから約30分です
- 2日目の朝は車かタクシーが前提です。宿を取る段階で、暗いうちの移動手段を決めておく必要があります
- 大雨の警報が出ている日は、佛通寺方面の谷に入らないでください。2018年7月6日発災の平成30年7月豪雨では沼田川と支川が越水・氾濫し、本郷町地区で堤防決壊と越水による浸水被害が出ました。三原市全体で死者21名、浸水被害1,561棟、土砂災害304棟です
- 瀬戸内海式気候で温暖・多照・少雨です。年平均気温は南部15〜16℃・北部12〜13℃、年間降水量は南部1,200mm・北部1,300mm。霧を狙う早朝は、海沿いより標高445mの尾根のほうが冷えます
- 佐木島ふるさと館は、平日は要予約です
持ち帰るのは広島県の菓子とお好みソース
2日目の帰りに買うものです。
1つは、もみじ饅頭と桐葉菓という同じ菓子屋の2種です。 個包装の詰め合わせなので、職場や親族に数で配るときに形が決まります。
もう1つは、お好み焼き用の濃いソースです。 広島の焼き方は生地と具を重ねる形なので、ソースが味の軸になります。 瓶のまま列車で持ち帰れて、日持ちもします。
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宿は、暗いうちに山へ上がれる場所に取る
この2日は宿の位置が行程を決めます。
三原の宿は三原駅の周りの城町に集まっています。 駅の下に三原城の天守台があるので、城跡のすぐ横に泊まる形になります。 温泉の大浴場を持つものもあり、山から下りた2日目より、歩いた1日目の夜に効きます。
須波の海沿いにも宿があります。 こちらは筆影山・竜王山に近い側で、山頂への道の起点に寄っています。
選び方は1つだけです。 夜明け前に山へ向かえるかどうかで決めてください。 車があるなら駅前でも須波でも成立します。車が無いなら、タクシーを呼べる場所かどうかを先に確かめる必要があります。

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服装と持ち物
- 寺の境内と城跡と山頂を歩きます。歩けるきれいめスニーカーで
- 2日目は夜明け前から動きます。標高445mの尾根は海沿いより冷えるので、1枚多めに
- 佛通寺は谷の斜面にあり、橋と石段が続きます。滑りにくい底のものを
- 新高山城跡は山城です。登るなら土と岩の道になります。足首が動く靴で
- 暗いうちの移動があります。足元を照らせる小さな灯りを
- 坐禅会に参加するなら、公式がGパンやタイトスカートは不適と明記しています。ゆとりのある服で

