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旅行

北谷・読谷日帰りモデルコース|上陸地の低地と、台地の城

公開: 2026-10-24 | #北谷 #読谷 #日帰り #観光 #沖縄

北谷町は那覇市から約16km、読谷村は那覇市より北に28kmです。

どちらも西側が東シナ海に面しています。 那覇から国道58号を北へ上がると、先に北谷の海岸低地があり、その先に読谷の台地が続きます。

同じ西海岸でも、恩納のようなリゾート海岸とは成り立ちが違います。 ここは1945年4月1日に米軍が上陸地として選んだ平らな低地で、 返ってきた土地の上に、いまの街と村が載っています。

ルートマップ|このコースの動き方※位置・距離は概略のイメージです
東シナ海北谷ゲートウェイ09:30 START2アラハビーチ10:003北谷町立博物館11:004やちむんの里13:305座喜味城跡15:00残波岬16:30 GOAL日帰りのルートN

先に決めておく条件

  • 東シナ海に沈む夕日は、日没の時刻にその場にいることが条件です。那覇へ帰る日帰りだと、ちょうど帰りのバスと渋滞の時間に重なります
  • 残波岬灯台は全国16基の「のぼれる灯台」の一つですが、昼に参観の休みがあり、参観できる時間は季節と曜日で変わります。台風接近時は参観が休止することがあります
  • ユンタンザミュージアム(座喜味城跡のガイダンス施設)には休館日があります。ただし城跡そのものは読谷村が「自由に入ることができる」と書いているので、休館日でも城壁は歩けます
  • 北谷町立博物館にも休館日があります。6月23日は沖縄戦の組織的戦闘が終わった慰霊の日で、博物館も読谷村役場も休み、北谷町のコミュニティバスも動きません
  • 北谷城跡は2021年3月26日に国史跡になりましたが、返還跡地の支障除去作業中で立ち入り制限があります。行ける場所として数えないでください
  • アラハビーチ・サンセットビーチ・砂辺海岸では、カツオノカンムリ(クラゲの一種)の漂着が多数確認されています。触ると刺されて痛みます

公開や運行の状況は変わります。出発前に確かめてください。

1日の流れ

  1. 09:30

    北谷ゲートウェイに着く移動

    那覇空港から美浜エリアの入口まで、乗り換えなしの直行シャトルが入ります。2社4路線が乗り入れ、那覇空港と美浜を結ぶバスは13便/日から最大43便/日に増えました。

  2. 10:00

    アラハビーチの砂浜に立つ移動

    全長約660mの砂浜です。1945年4月1日午前8時30分、米軍はこの読谷・北谷の海岸から上陸しました。カツオノカンムリの漂着が確認されているので、打ち上げられたものに触らないでください。

  3. 11:00

    北谷町立博物館で出土品を見る移動

    2024年11月20日に開いた博物館です。常設展は「縄文時代の交流」で、隣接する国史跡・伊礼原遺跡の出土品が中心になっています。

  4. 12:00

    伊礼原遺跡公園の湧水を見る移動

    2010年に北谷町で初めて国史跡に指定された遺跡です。ウーチヌカーの湧水を中心に、約7,000年間の生活址が重なります。公開が始まったのは2025年7月1日です。

  5. 13:30

    やちむんの里へ上がる移動

    読谷村座喜味。1978年に米軍基地から返還された村有地に、4人の陶芸家が9連房の登窯を据えました。1980年の竣工です。

  6. 15:00

    座喜味城跡の城壁を歩く移動

    15世紀初頭に護佐丸が築いた城で、外周365m・城郭内7,385m²。海抜130mの台地にあり、2000年12月2日に世界遺産に登録されました。

  7. 16:30

    残波岬に出て東シナ海を見る移動

    1974年3月30日に初点灯した灯台が立ちます。塔高31m、灯火標高44m、光達距離18.0海里(約33km)で、全国16基しかない「のぼれる灯台」の一つです。

  8. 17:30

    国道58号を南へ戻る移動

    読谷村は那覇市より北に28km、北谷町は那覇市から約16kmです。夕方は中南部を中心に渋滞します。

  9. 時刻は目安です。列車やバスのダイヤは改正で変わるため、出発前に各社の時刻表でお確かめください。

1945年4月1日午前8時30分、ここが上陸地になった

数字から入ります。

1945年4月1日午前8時30分、米軍はこの読谷・北谷の海岸から上陸しました。

上陸前に中部西海岸一帯へ約10万発の艦砲弾が撃ち込まれ、 上陸地の周辺には約4万5,000発の砲弾と、ロケット弾・臼砲弾約5万5,000発が集中しています。

午前中に北(読谷)飛行場と中(嘉手納)飛行場が占領され、 翌2日の午後には東海岸に達して、本島は南北に分断されました。 日本軍の抵抗がなく、「無血上陸」と呼ばれた上陸です。

アラハビーチは全長約660mの砂浜です。 いまそこに立って最初に分かるのは、ここが平らだということです。

なぜ平らな低地が選ばれたのか

理由は飛行場です。

北(読谷)飛行場は1943年夏に日本陸軍航空本部が計画し、 座喜味・喜名・伊良皆・大木・楚辺・波平の6字にまたがる耕地75万坪を、 国家総動員法で強制接収して造られました。 整備には沖縄中から約5,000〜6,000人が徴用されています。

つまり上陸する側が欲しかったものは、先に低地に用意されていたことになります。

飛行場は平らな土地にしか造れません。 水田と畑が広がる海岸低地は、滑走路に向いていました。 その同じ条件が、上陸地の条件にもなりました。

嘉手納飛行場の滑走路は、いまも北側3,700m×90m・南側3,700m×60mの2本です。 飛行場全体は19,855千m²で、そのうち3,635千m²(18%)が北谷町にかかります。

台地の城は、砲兵陣地にされた

低地から東へ上がると、海抜130mの台地に座喜味城跡があります。

15世紀初頭に読谷山按司の護佐丸が築いた城です。 護佐丸は当初、座喜味の北東約4kmの山田グスクにいましたが、 1416年(1422年説もあります)に尚巴志の北山城攻略に参戦した直後、 地の利を考えてここに築きました。

城郭の外周は365m、城郭内の面積は7,385m²。 15世紀初頭の城としては中規模です。

この城はそのあと2度、軍に使われました。 第2次大戦中は日本軍の砲兵陣地、戦後は米軍の通信基地です。

高い場所は、城にも砲台にもアンテナにも向いていました。 だから壊れました。

1956年に琉球政府の重要文化財、復帰の1972年5月15日に国指定史跡となり、 1973年から1985年にかけて発掘調査と城壁の修理が行われました。 2000年12月2日に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つとして世界遺産に登録されています。

いま見るのは、曲線を描く城壁と、第1・第2のアーチ型城門です。

返ってきた土地の使い道が、村と町で分かれた

同じ日に同じ海岸から上陸されて、戦後の使い道が分かれました。

数字で並べます。

  • 読谷村: 面積35.28km²、米軍基地1,255.1ha(村面積の35.6%)、耕地720ha
  • 北谷町: 面積13.91km²、米軍基地718.1ha(町土の51.6%)、耕地6ha

読谷には畑が残りました。だから紅イモとニンジンと小菊を作っています。

北谷には畑が残りませんでした。基地を除いて残った土地は約7.2km²です。 戦前は字北谷・玉代勢・伝道にまたがる水田が「北谷ターブックヮ」と呼ばれ、 県下三大美田の一つでしたが、上陸後に村全域が占領地になり、田畑は兵舎と飛行場に変わりました。

読谷村の人口は42,412人・18,768世帯(2026年9月末)です。 2013年12月31日に日本一人口の多い村になり、座喜味城跡でカウントダウンの式典が開かれました。

村のまま人口日本一になるには、村として使える土地が必要です。 畑が720ha残ったことと、村が村であり続けたことはつながっています。

1978年に返った村有地に、9連房の窯を据えた

やちむんの里の起点は1978年です。

沖縄国際海洋博覧会から2年後、米軍基地から返還された村有地を、 大嶺實清・山田真萬・玉元輝政・金城明光の4人の陶芸家が村から借り受けました。 登窯・工房・住居・共同販売店からなる拠点で、1980年に竣工して初窯を出しています。

窯の形に理由があります。 4人が2房ずつ使えるよう、9連房の連房式登窯にしました。 覆屋は5.5寸勾配の本瓦葺きで、明治期に築かれた壺屋・東ヌ窯の実測調査をもとに設計されています。 資材集めと敷地造成に3年かけ、建替えで出た古瓦や古い木柱、読谷産の石を使いました。

なぜ村有地だったのか。 陶工が集まっていた壺屋は市街地化で登窯が使えなくなり、移転先を探していました。 そこへ、基地返還後の村づくりとして「文化村」を構想していた読谷村の側が重なりました。

1992年に大窯の北側で弟子たちの北窯が開き、1994年に村の陶芸研修所ができます。 読谷村内のヤチムン工房は、里を含めて村内に70余り点在します。

窯はいまも焼いています。 燃料の琉球松が足りないという課題を抱え、焼成室の屋根は1〜2年に一度修理されています。

基地にも畑にもできなかった崖

残波岬は、低地でも台地でもありません。隆起サンゴの崖です。

ここには1974年3月30日に初点灯した灯台が立ちます。 塔高31m、灯火標高44m、光達距離18.0海里(約33km)。 光度640,000カンデラの群せん白光が、10秒に2回光ります。

全国16基しかない、のぼれる灯台の一つです。

平らな土地は飛行場になり、高い台地は陣地とアンテナになりました。 崖はどちらにも使えなかったので、手つかずで残りました。

7,000年続く湧水の上に、滑走路が載っていた

北谷の低地には、もう1つ古い層があります。

伊礼原遺跡は2010年に北谷町で初めて国史跡に指定されました。 ウーチヌカーの湧水を中心に、縄文時代からグスク時代まで約7,000年間の生活址が重なります。 南西諸島で、縄文時代の約4,000年間の全時期が連続して見られる遺跡はここだけです。

低湿地の区域は約3,500年前以降に利用が減りましたが、湧水は涸れていません。

公園として公開が始まったのは2025年7月1日です。 隣の北谷町立博物館は2024年11月20日に開き、 常設展は「縄文時代の交流」をテーマに、この遺跡の出土品が中心になっています。

水のある低地は、7,000年ずっと使われてきた場所でした。 そこに滑走路と兵舎が載り、いまは街が載っています。

交通と駐車場

実務の注意です。

那覇空港から美浜エリアの入口(北谷ゲートウェイ)までは、乗り換えなしの直行シャトルがあります。 中間の停留所は国際通りの入口だけで、予約不要・先着順の49席です。 ここには2社4路線が乗り入れ、那覇空港と美浜を結ぶバスは13便/日から最大43便/日に増えました。

ただし、この土地は本来レンタカー前提です。 美浜エリアのホテル宿泊者のレンタカー・自家用車の利用は76.8%から58.4%に下がり、 路線バスは12.9%から26.5%に増えましたが、それでも半数以上が車です。

読谷側(やちむんの里・座喜味城跡・残波岬)は公共交通が弱いです。 北谷を拠点に読谷を回るなら、車かタクシーの用意が要ります。

駐車場は足りていません。 北谷ゲートウェイの設置で美浜駐車場は1,463台から1,218台へ245台減り、 土日に満車近くになる状況が増えて、空きを探す車による周辺道路の渋滞も確認されています。

2026年11月2日から2027年3月31日の平日は、 国道58号の宜野湾市伊佐から北谷町桑江までが「協力型バスレーン」の実証区間です。 第一車線を走っていて後方から路線バスが近づいたら、できる範囲で進路を譲る運用になります。

北谷町のコミュニティバスは完全予約制のデマンド型で、当日ふらっと使える交通ではありません。

持ち帰るのは、器と砂糖

北谷町の耕地は6haです。

読谷村には紅イモの畑が残りましたが、生芋は県外に持ち出せません。 アリモドキゾウムシなどのまん延を防ぐため、植物防疫法で規制されています。 蒸熱処理による消毒をすれば持ち出せますが、事前に植物防疫事務所への相談が必要です。

持ち帰る形が、焼いた器と固めた砂糖に寄ります。

器はやちむんの椀です。 そばを食べるマカイは片手では持ちにくい大きさで、染付の唐草や一珍など絵付けで選べます。 やちむん風に作られた他産地の器もあるので、産地の表記を見てください。

砂糖は黒糖です。 かち割りの塊と、小袋に分かれたものがあります。塊は削って使います。 こちらは沖縄の離島で作られたもので、読谷・北谷の畑のものではありません。

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泊まると、城壁の上で日が落ちる

このコースを泊まりにする意味は、座喜味城跡の時刻です。

城跡には開門・閉門の時刻がありません。 ガイダンス施設が閉まっている時間帯でも、城壁の上には立てます。

城壁の上から、東シナ海へ日が沈みます。海抜130mの台地です。 那覇から1時間以上かけて通う日帰りでは、この時刻に城跡にいられません。

宿は2つの性格に分かれます。 美浜の埋立地と返還跡地には、商業集積のなかの大きなホテルが並びます。 読谷の西側には、海に面した小さな宿とコンドミニアムが点在します。

城跡と残波岬に朝夕いたいなら読谷側です。 砂辺・桑江の側に取る場合は、航空機の騒音を見込んでください。

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服装と持ち物

  • 砂浜と城壁の両方を歩きます。歩けるきれいめスニーカーで
  • 座喜味城跡公園の木道は全長約256mで、起伏が激しいです。靴底のしっかりしたもので
  • 北谷町の年平均気温は約22℃です。日差しが強いので帽子を1つ
  • 西向きの海岸と岬は風が通ります。羽織りものを1枚
  • 砂浜では素足で歩かないでください。打ち上げられたクラゲに触ると刺されます
  • 灯台の階段をのぼるなら、手が空く荷物で

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